天然変性タンパク質のNMR解析と医療応用

1.天然変性タンパク質 [IDP] とは

近年タンパク質の立体構造予測法の精度が向上し,ゲノム配列を対象とした大規模な立体構造予測も可能になりました.その結果、タンパク質の中には安定な立体構造を持たない配列が多く含まれることが明らかになりました。こうした配列を「天然変性タンパク質」領域、intrinsically disordered protein regions [IDP] と呼びます。

IDPは高等生物に多く、また核内タンパク質に特に多いことが知られています。私たちは、おそらくこのIDPを発見した功績から、IDPの最初期の研究者の何名かが近い将来、ノーベル賞を受賞するのではないか、とすら考えています。しかし、その一方で、天然変性タンパク質の持つ高次分子機能・物理化学的性質・細胞内での役割・疾病との連関などについては、個別の議論はあるものの一般論には至っていません.

私たちは、「新学術領域研究(領域提案型)(H21~H25) 「天然変性蛋白質」 計画班代表 太田元規 (名古屋大)」の支援をうけて以下の研究を進めてきました。

(1)天然変性領域について物性と分子機能相関を網羅的に収拾・整理し,データに基づいた総合的な天然変性領域データベース[IDEAL]の構築と整備
(2)構造検証を各種ゲノムの核内タンパク質へ適用した結果のデータベース化
(3)相互作用の有無により変性状態と構造状態を行き来する配列ProSに関する情報蓄積
(4)天然変性タンパク質をNMRにより簡易に判別するPRESAT-vectorシステムの開発
(5)自己切断プロテアーゼNPROタグを利用した安定同位体標識IDP試料の調製系の確立

天然変性タンパク質を情報生物学と構造生物学双方で解析する時に最も重要なのは、IDP領域の精密な予測と、試料調製です。その過程で文献情報などから予測された”possible ProS”はPRESAT-vectorシステムを利用して可能な限り実験的に検証し,予測法の改良やデータベースの信頼性の向上のためにフィードバックさせます.

2.IDPの医療応用

さて、私たちは、上述のIDEALデータベースを編纂する過程で、植物の抗ストレスタンパク質デヒドリンが、モデル酵素LDHの凍害保護作用を持ち、その活性部分がIDPであるという論文を見つけました。この報告に着想を得て、「他の生物種由来のIDPにも同様の活性が広く認められるのではないか」との仮説のもと、大学院生の松尾君が、ヒトゲノム由来のIDPにも凍害保護作用があることを見出しました。この発見は、IDPに共通する性質(おそらくは荷電性のポリマーとしての性質)が、他のタンパク質の表面への作用であり、その凝集阻害と安定化に寄与している可能性を示唆します。また、このことは、特にヒト由来のIDPの場合に、医薬品添加剤といて最適の性質をもっていることを示しています。現在、JSPS科研費「挑戦的萌芽研究(H26-27年度)「機能未知天然変性タンパク質の細胞医療への応用」」の支援を受けて、更なる応用法を開発中です。

 

News : 九州大学・石野良純教授・石野園子先生との共同研究の好熱菌遺伝子修復因子Hefに含まれる長大な天然変性タンパク質領域の構造と機能に関連する論文がJ Biol Chem誌に掲載されました

News :廣明グループの大学院生、松尾直紀君の研究成果(IDPに広く認められるタンパク質の凍害保護作用の医薬品添加剤への応用)を特許として出願しました。

News : 前橋工科大(福地研)・名大情報科学研究科(太田研)が開発した「天然変性タンパク質データベース」IDEAL2014の新機能に関する論文がNucleic Acid Researchに掲載されました[OUP]

News : 名大情報科学研究科(太田研)が開発したPDBに登録されているNMR構造からのIDP領域の抽出に関する新しい方法論の論文がJ Str Biol誌に掲載されました[Pubmed Central Open Access]

News : 前橋工科大(福地研)・名大情報科学研究科(太田研)が開発した「天然変性タンパク質データベース」IDEALの論文がNucleic Acid Researchに掲載されました[OUP]

本テーマについて共同研究をしてくださる企業・および本テーマを究めて博士号を取得したい大学院生を募集しております。

お問合わせ先: (メールアドレス部分の[名古屋大学]をmbox.nagoya-u.ac.jpにしてください)
Email: hiroaki.hidekazu@f.名古屋大学

Updated: 2014/07/01 — 10:00